はじめに
YMCAと聞いてみなさんはおそらく西城秀樹のヤングマンの歌を思い浮かべるでしょう。
また、YMCAという名前のトレーニングジムを聞いたことがある人もいるでしょう。
しかし西城秀樹の歌の中でこのジムを連想させる部分はなく、何か関係があるのか不思議なところです。
ではYMCAとは一体何なのでしょうか?
海外でのYMCAの認識
YMCAは正式名称「キリスト教青年会」、Young Men’s Christian Assosiationの頭文字をとったものです。
海外では通称The Yと呼ばれており、主に様々な施設のあるジムのことだと認識されています。
実は世界最大規模の非営利団体であり、その施設は世界各地に広がり、その数は10000を越しています。
日本にあるジムも、この10000の施設の1つだというわけです。
これらのジムにはトレーニング器具からバスケットボールなどを行える体育館、フィットネスクラスを行うスタジオからプールやテニスコートまで付いており、かなり大規模です。
しかしYMCA自体は自分たちをジムというよりも交流センターと名乗っています。
その目的は老若男女、貧富の差を問わずすべての人が平等に過ごせる空間を作ることだからです。
また現地のコミュニティとも提携しており、近場の学校が体育や水泳のクラスで施設を使いにきたり、病院にリハビリのためのヨガやフィットネスの教師を派遣したりもしています。
またYMCAという名前の格安ホテルも各地に存在します。
これらは同じコミュニティです。
このような大規模な施設になるまでには長い歴史があります。
YMCAの歴史
最初のYMCAというグループは1844年のロンドンでジョージ・ウィリアムズによって創設されました。
当時22歳だったジョージはロンドンという都会にやってきて、多くの若者が過酷な条件下で働いている状況を目にし、犯罪に手を染めないよう、そのサポートするための青年組織を11人の仲間と作りました。
それがのちのYMCAになります。
この団体はどんどん仲間を増やして行きました。
世界への広がり
1851年にはアメリカの退役した海軍の将軍であったトーマス・サリバンがYMCAの活動を耳にしてアメリカにも同じような団体が必要と考えボストンにアメリカで最初のYMCA団体が結成されます。
その後アメリカでもどんどん広がって行きました。
宿泊場所の提供
1860年代には都会にでてきた若者の安全のために格安で滞在できる建物を提供するようになりました。
そこにはジムや講堂のような施設もあり、ホテルのような部屋もありました。
これが1867年にはシカゴでドミトリーとなり、1922年から1940年には5万5千から10万の部屋を提供しており、大手のホテルチェーンよりも多くの人が利用していました。
これらの宿泊施設は現在でも各地にあり、格安で滞在することができます。
YMCAという施設の設立
最初にジムという形のYMCAが設立されたのは1869年でした。
体を鍛えるための場所の提供ということでエクササイズクラスが始まり、現在のフィットネスクラスになっていきます。
またスポーツも行われ、バスケットボールに始まり、バスケットボールはビジネスマンには激しすぎるということでテニスやハンドボール、またのちのバレーボールの原型となる「ミントネット」というスポーツもここで考案されました。
そしてそれに伴いテニスコートやプールなど次々と施設が増えて行きました。
YMCAのキャンプ
1885年にはアメリカで最初にキャンプを開発した人物、キャンプ・ダドリーによりキャンププログラムが始まります。
子供達の経験と成長、友達との交流の場として大きな人気を誇り、今でも夏の恒例プログラムになっています。
やがて第二次世界大戦が起こり各地で日系のアメリカ人は施設に集められますが、YMCAもキャンププログラムのおかげで多くの人を抑留することができ、約11万人の日系人がこの施設に集められていたそうです。
現在のYMCA
日本でも1880年に日本の青年牧師により広がり始め、2014年6月時点の調べでは全国に35施設が存在し、37の大学・高校にある学生YMCAがボランティア団体として加盟しています。
このように現在120以上の国でボランティア活動などを行う団体ですが、参加者たちにキリスト教は強要しておらず、宗教団体という面は全くありません。
あくまでキリスト教精神をもとにした生活改善事業が活動の根本にあるというだけです。
西城秀樹のYMCA
では西城秀樹のあの歌は何なのか?
実は原曲はVillagePeopleというグループがYMCAは素晴らしいと歌った歌が原曲となっています。
しかしこのグループはゲイをテーマとした歌を歌うことで知られるグループで、この歌も本来YMCAの寮は滞在する人が男性だらけでゲイが発生しやすい環境ということでも有名で、それを踏まえて歌ったものでした。
西城はこの歌を気に入ってカバーしたいと言いましたが、元のそのような背景から歌詞が大幅に変更され、ゲイを思わせる部分はすべて排除、YMCAも唐突に歌詞の中に現れ意味が不明瞭になっています。
そして「ヤングマン」の部分を強調して青春を謳歌する歌のように歌われました。
その曲が大ヒット、おかげで日本でYMCAが謎の言葉として広まったというわけです。
まとめ
日本では西城秀樹の歌を聞いてYMCAって何?と思った方も多いでしょう。
その謎が解けたことと思います。
このように海外では「The Y」と呼ばれるかなり有名な大規模非営利団体なんです。
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