黙祷と黙想、似ている言葉ですが、どんな意味があるのでしょうか?
簡単に言うと黙祷とは祈りを指す言葉で、亡くなった方などに捧げるもの、宗教的な意味が強いと言えます。
黙想の方は自分の心の中に集中して考えに没頭する、瞑想に近いものです。
黙想と瞑想は英語ではどちらもメディテーションと訳され、また似ているもので禅というものもあります。
その詳細も解説していきます。
黙想の目的
黙想は自分自身の気持ちを整理する時間で剣道などの稽古の始めと終わりに行われます。
姿勢には明確な決まりはないようですが、一般的に教わる姿勢は始めには右手が下に来るように手を重ね目を閉じ、その日の練習で何を行うのか、どんな点に気をつけるのかという目的を整理し練習に向かう心構えを作りだします。
終わりには左手を下に手を組み心を落ち着け、その練習を振り返り指導された内容などを整理して次の練習の課題をまとめる。
これにより心と体の両方を使い技術の向上を目指すことができ、常にモチベーションを維持する助けにもなります。
また明確な時間の長さに決まりもないようで、1分・3分・5分、また熟練者は印を組んで9分かけるなど様々な意見があります。
瞑想と禅との違いは?
瞑想はヨガの修行などで行われ、心をリラックスさせ、ストレスを感じさせない精神状態を作り出す練習です。
自分の内面に集中することで外界に影響されない強靭な心の強さを身につけます。
またクラスによっても練習法が異なり、瞑想だけのクラスでは30分ほどかけて心を無にする練習を行います。
しかし普通のクラスでは練習前の心を落ち着かせる時間として5分ほど行い、その心の状態を動きの練習の間も保ち、周りと自分を比べず自分の心に体の限界を問いかけ続け自分の練習に集中します。
その状態では心は無ではなく様々な情報に注意を払っています。
このようなことからヨガの練習はムービングメディテーションとも呼ばれています。
対して心を無にすることにひたすら集中する練習が禅で仏教の教えを元にしています。
主に座った状態で行う座禅として行われます。
黙祷の目的
では黙祷の目的とは何でしょうか。
黙祷とは黙と祷の言葉が示すとおり、黙って祈りを捧げることです。
よく目を閉じて手を合わせる黙祷を見かけますが、目を閉じなければならない、手は合わせるものだ、という規則は実は特にありません。
それは神や死者との会話であり、その目的も人それぞれ異なり、死者に対して安らかに休めるよう祈る、自分の近況を先祖や友達に報告する、また神に願いを叶えたいと願うということでもいいのです。
つまりその目的は祈りを伝えることではなく、祈るという行動を通して自分自信を見つめ直し、自分の考えを整理するということになります。
そしてその長さは、これも決まっていません黙祷といって行われる場合は1分というケースが多いようです。
まとめ
以上のように黙祷、黙想、それに瞑想と禅、どれも自分自信の心の動きに大きく影響するものだということになります。
このような心の修行の様々な形は心を持つ人間というものが長年、悩み考えぬいて生み出されて来たものなのでしょうね。
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